【第3回】 正義感は誰もが持っている。でも、育てないと大きくならない。 ~池上正さんと学ぶ「考える子どもを育てるヒント」講演会より

池上正さんと学ぶ「考える子どもを育てるヒント」講演会より

池上さんはこれまでにおよそ40万人の小学生を指導。千葉では8年間にわたって各小学校を訪問しました。部活動での体罰や暴力が問題となっている今、叱らず、怒鳴らず、叩かない池上さんの指導はサッカー界だけでなく教育現場からも熱い視線が注がれています。

 

正義感は誰もが持っている。でも、育てないと大きくならない。

 

藤代さんに呼んでいただくことになり、私も本を買って読みました。

私は「これが正しいから」「学問的に学んだから」という理由で子どもたちに伝えて実践させるのではなく、(子どもたちがすすんで)自分からやることが一番いいよな、と思っています。

だから、「どうする?」と聞くしかないんですよね。

私(コーチ)の問題ではなく、本人(子ども)の問題

30年以上前からずっとそういう考えでやってきましたが、大学の先生と知り合ったり、Jリーグでの仕事として海外に行く機会が増えたりして、学問的に学べる機会が増えてきました。「ヨーロッパはこんな風になっているのか」とたくさん分かってきたことがあります。そういった流れの中で、「日本のサッカーを変えられたらいいな」と思いながら指導をするようになっていきました。

小学校への指導を取材に来たディレクターの方は体育嫌いだったそうです。「体育が嫌いで嫌いで仕方なかった」と。でも、僕の指導を撮影しながら、「こんな先生がいたら、体育は嫌いじゃなかったと思います」ということを話してくれた方もいます。

-小学校で指導するメニューの中に「128人になる」というものがあります。コーンでゴールを作り、そこを通ると1点。1点取ったら、1点取った人同士が手を繋いで今度は2人組になる。2人組でゴールを決めたら、ゴールした同士手をつないで次は4人組を作る。8人組、16人組・・・とどんどん増やしていくというゲームです。

ある学校でこのメニューをしたとき、128人以上いたんですね。128人まで集まってゴールしたのはいいのですが、余ってしまってゴールできずに残っている人たちがいました。

 

「どうしたんだろうな?」

「向こうは128人いないから帰って来られないよ」

「そうか。でも、なんだか、よく見たら困っているように見えない?」

 

そう問いかけてみたら、誰かが「じゃあ、助けに行こうぜ」と言い出しました。128人いた中の何人かが残っている子どもたちの元へ走って行って、128人を作って帰ってきました。
「みんな、すごいね!」そういう学校もありました。

また、ある学校では、
「池上コーチは『128じゃないとダメ』とは言ってない。128はできたから、残った子を置いていくのは良くないからみんなでつながっていこうよ」
そう言って、全員がつながってゴールした子どもたちもいます。これはすごかったですよ。

あるとき、勉強ができる子が多い学校に行ったのですが、128人のはずなのに「本当にいる?数えてみて」と言ったら127とか125とか、奇数になるんです。賢いから奇数はおかしいということに気付くんですよね。でも、「じゃあ、どうする?」と聞くと、「よし、やり直し!」と1からやり直すんです。集まって来て、「本当にいる?」と聞くとまた奇数。「奇数はダメダメ!」とまたやり直すんです。本当に賢いのかな?(笑)と思った学校もありましたが、こういうゲームは子どもたち、特に子どもたちの正義感を育てると思っています。

ある学校で、128人の輪に入らず、8人だけでずっと逃げている子どもたちがいました。8人の次は16人なのですが、その輪にも入らない。その子たちはサッカーをしていて、それもテストを受けないと入れないようなレベルの高いスクールにいる子どもたちでした。
「コーチ、俺のこと知ってる?○○(スクール)にいるんだ」と自分から言って来たその子も8人の中にいて、逃げ回っていました。

100人以上は手をつないでいるけれど、その8人が入らないと128にならないから、100人(以上)の子どもたちで8人を追いかけていました。その光景を学校の先生と見ていて、

「先生、あの8人って、いつも授業態度も良くなくて、率先して要らないこととかやるでしょう?」と言ったら、「はい、そうです。」と。光景を見ている限り、普段の生活もよく分かります、という話になりました。

でも、100人になると、今まで何も言えなかった子が言えるようになるんです。100人もいるから。見守っていると、8人を体育館の壁に追い込んで、「お前ら、ちゃんとやれ!!」と言い出したんです。すごいですよね。

結果的にはその8人は輪に入りませんでした。でも、何が良かったかと言うと、「みんなでやろう」と正しいことを言える子どもたちになっていくということなんです。1人だとあの8人のような(ある意味目立つ)子どもたちに面と向かって言えない。でも、100人いたら言える。「正義感はみんなが持っているものですが、育たないと大きくならないんです」という話を先生方にはしています。

 

学校は子どもたち同士の関係を作る場所

学校に指導に行って、子どもたちを集めるときはいつも子どもたちに頼みます。例えば6年生の女の子に「みんな集めてきて」と。3クラスだとだいたい90人とか100人くらいですよね。
すると女の子は「無理」と言います。

「無理ってどういうこと?この小学校に6年間いるんでしょ?みんな知り合いじゃないの?」

「無理!」

「お願い、呼んできて」

そう言うと、自分の友だちのところに行って、1人だけ連れてくるんです。

「全員集めてほしいんだけど」

「(友だちと顔を見合わせて)どうする?」

今の子はそんな感じです。目立つといけない。できるだけ目立たないように生きる。小学生でもそういう風になっている世の中なんです。

 

6年生たちに「集合~」と言うと、全体が下がっていく現象をご存知ですか?
「並ばなくていいから、はい集合!」と言っているのに、
「おまえ行けよ」
「いや、俺はここでいいよ、お前が行けよ」
と、どんどん下がっていくんです。

今は子どもたちの近所付き合いもなくなってきました。学校が終わって、誰かの家に遊びに行くとしたら、ちゃんと親同士が電話してわかり合っているところしか行けない。アメリカは基本的にこのルールですが、治安の不安から来る誘拐防止のためと、本当に家が広いし土地も広いので家同士が離れているからというのが理由です。そして親が送り迎えをお互いにしてあげるのです。

日本はかつて「帰りに遊びに行こうぜ」とどこに行っても大丈夫でしたが、そういう時代ではなくなってしまいました。そう考えると、では、子ども同士の関係はどこで作ればいいのでしょうか?

「今は学校でしか作れない」と私はいつも言っています。だから、学校でもっと子ども同士が関わることをしませんか?と考えているのです。

子ども同士の関わり方を考えると、教室での座り方も日本と世界では全く違います。お互いの顔が見えるラウンドの座り方は日本人が一番嫌がる、不得意な座り方です。学校の教室では机を並べて、前を向いて座りますよね。でも、一体誰とコミュニケーションを取るのでしょうか?間違いなく、先生としか取らないです。しかも、隣としゃべると怒られます。「しゃべったらアカンぞ、前を見ろ」と。

(イメージ)

一番前の人は授業わかりやすいと思っているけれど、誰のことも見ることができません。後ろの人が何をしているのかも、何を考えているのかも。

一番後ろに座っている子が「よく見えるぞ」と思っていても、見えるのは全員の頭の後ろしか見えていません。どんな顔をして座っているのかもわからないのです。

(この講演会ではお互いがよく見えるラウンド型)こうして座って、先生が何か質問して、「はい、わかっている人は手を挙げて~」というと、わからない人は手を挙げないので「わかってない」ということが全員に知られるわけです。でも、続けていくと、他人に知られることが平気になってくる。実はこれで相当学校が変わるはずなんです。

船橋のある中学校では、このラウンド型の座り方をしてから生徒が変わっていきました。世間で言う「荒れた」学校でしたが、どんどん落ち着いていったんですね。

西日本にある国立大学付属小学校もそうでした。さすが国立ですね。全クラス、ラウンド型です。「学校の中でコミュニケーションを取るにはどうすればいいのか?」という視点から動き始めている学校もあります。でも、まだまだ知られていない。これからもっと広まっていけばいいなと思います。

オーストリアの小学校は、ラウンド型よりもっと自由です。4人で固まって座っている子、1人壁を向いている子、窓から外を見ている子、全部ありなんです。先生が「コンコン」とボードをたたくと、全員が先生の方を向きます。説明して、「じゃあみんなで考えてごらん」というと、自分が一緒に考えたい仲間、自分が考えたい場所で考えるんです。先生がまた「コンコン」とたたくと、全員の視線がまた先生に集中する。

「はい、わかった人」と先生が言うと、なんと全員が手を挙げるんです。「すごいな、こんな賢い学校なのか」と思ったのですが、先生が「はい、どうぞ」と言って生徒が発表すると、「それ、残念だけど違うね」と。「はい、次の人」「それもちょっと違うよ」と。間違っている子も手を挙げているんです。

ところがどっこい、違うよ、と言われたその子は、
「先生、ぼくはこう考えたのにどうして?」
と言うのです。驚きでした。日本ではありえないですよね。間違っている子も手を挙げて意見を述べる。自分の考えが間違っていたらなぜ違うのかと疑問を持つ。それをみんなの前で堂々と先生に聞くことができる。「日本もこういう風にならないとだめだろうな」と思うので、今、サッカーの教え子で教師として教育現場にいる子たちに頑張ってほしいと思います。

(イメージ)

 

「どうしたら自分からすすんでやるようになるか」~内発的動機付け

 

さきほどの子どもたちを集めるときの話に戻すと、笛を使うということは手っ取り早いのですぐやってしまうかもしれませんが、私は子ども同士に呼ばせます。それでも来ない子たちがいるときは、集まっている子どもたちに「実験しよう」と言うんです。「みんな、大声でカウントダウン、いくで。10・9・8・・・」そう言うと、みんな走ってくるんです。

走ってきた子どもたちに聞くんです。「どうして走ってきたの?」と。

「だって、カウントダウンしたやん」

「そんな約束してないで。カウントダウンしたら走れって言ってないやろ」

「いや、でも、カウントダウンはそういうことやで」

 

「そういう風に育てられているのね、かわいそうやね」という話をしますが(笑)、子どもたちを集合させるときに笛を吹くことはありません。笛を使う場面は試合をするときです。それ以外は絶対使わない。試合のときに使うことにも意味があります。

例えば4:4で試合をするとしたら、子どもたちには自分たちでグループを作って、自分たちで相手を探して、自分たちでコートに行って準備をさせます。子どもたちだけでグループを作ったり相手を探したりするので、ワーワーと騒がしくなる。私が「はい、はじめまーす!」と言っても聞こえないかもしれないんですね。

それで、わざと笛を吹きます。「じゃ、試合はじめます。よーい、ピッ!」と大きな音を出します。
子どもたちはみんなでグループ作ってコートに行くわけですが、その場でじっとして、私の方を見るだけなんです。私も無言で見るだけで、お互い見合っているんです。

子どもたちは「え?始めていいの?」と言ってくるので一度集めて、「どうして始めなかったの?」と聞きました。

「だって、笛吹いてないでしょ」

「いや、吹いたよ。聞こえなかった?」

「えー、聞こえなかった!」

「このくらいの音やで」(ピーッと笛を大きく吹く)

「わー、うるさい!」

「こんなに大きな音なのに聞こえなかったの~?」

人間は意識が違うところに行ってしまうと、音も声も聞こえなくなります。グループや相手を見つけることに必死になってしまうと、私の声は聞こえなくなる。だから、試合のときだけはわざと笛を吹いています。ちゃんと合図を出しているよ、というためですね。

4:4にも面白く工夫を入れています。

グループは誰と作ってもいいのですが、「2回目は1回目のときと同じメンバーになってはいけません」というルールが出てきます。必ず新しい人と組む。毎回チームを変えることにしているのです。他にもルールがどんどん出てきまして、例えばサッカーやってる人(経験者)からパスをもらって、サッカーをしていない人(未経験者)がゴールを決めたら10点ね、とか、女の子がシュート決めたら100点ですとか、子どもたちは大喜びで試合をします。男の子たちは「えっ!そしたら・・・」と女の子を集める子どもが出てきたりします。でもやっぱり男同士で試合をしたい子たちもいるので、「コーチ、男は何点?」と聞いてきて、「男は1点な」というと「じゃあ、男同士でやろうぜ」と抵抗する場合もあります。

最後は「ごめん、女の子も100点から1点に戻します」というと、「やったー!」と男の子たちは喜ぶのですが、そこで「最後の試合は男の子がシュート決めても0点でーす!」としました。

さて、このとき何が起こると思いますか?

どんなグループができると思いますか?

男の子は0点、女の子は1点です。どうでしょう?

(会場)女の子だけのグループができる

女の子だけで試合をする。他にどうですか?

(会場)男の子が女の子をサポートして、女の子に決めさせるバランスを考えたチーム

賢い学校はそうです。「コーチ、男2人、女2人ですか?」と聞いてきます。

「そんなん、好きにせえ」と答えますが(笑)。他にどうでしょう?

これがですね、男同士で試合をする子どもたちが出てくるんです。見に行ったら、シュート決めて「やったー!0点!」と言いながら試合をしてました。

千葉には日の丸をつけている小学生もいたのですが、ある学校に指導に行ったときにその代表クラスの選手が男の子同士で試合をしていました。残念なことに、そういう事が起きるのが今の日本の現実です。サッカーの面白さや本質を分かっていないということなんです。

今のスポーツの世界はうまくなる、強くなるということしか言わないから、「サッカーができないような奴とはやりたくない」という子もいるわけです。でも、自分よりすごい強い相手とはしたくない。指導者の方はよくおわかりかと思いますが、(格上の)あのチームと試合するよと言ったときに、「え、どうしてあんなチームとやるの」と子どもたちはすぐ言っちゃうんですよね。本当にそれは良くないところだと思います。

要は、「どうしたら自分からすすんでするようになるか」という内発的動機付けが大切だと思います。(「しつもんメンタルトレーニング」を取り入れている)皆さんが考えていることと、それはまるまる一緒だと思うのです。

(イメージ)

~つづく~

第1回、第2回の記事はこちら

第1回 池上流子育て~親子の真剣勝負~

2017.08.02

第2回 私がやめた”2つ”のこと 池上正さんと学ぶ「考える子どもを育てるヒント」講演会より

2017.08.23